2017年05月10日

「道は歩む者によって征服される。」―2017年3月31日/プルシェンコの今までとこれからの道―



道は歩む者によって征服される


 Viam supervadet vadens

「道は歩む者によって征服される」



プルシェンコさんの好きな言葉です。
この言葉は彼の腕(右手首上の辺り)にも刻まれています。

子どもの頃、女子スケーターが披露したあるスピンを見て
「僕もこれを出来るようになりたい」と考えたプルシェンコは
それまでのフィギュアスケート界では骨格の違いにより
男子では不可能と思われていたビールマンスピンとビールマンスパイラル、
ドーナツスピンを男子で初めて成功させてスケート界を驚かせました。

ISU公式競技会で現在も破られていない最年少記録(1)を数々と塗り替えて、
ジャンプの世界初記録(2)も次々と出しました。

18歳からはクロスジェンダー表現も取り入れ、
腰を振るパフォーマンスはスケート界に賛否両論を巻き起こし、
19歳で初めて迎えた五輪FSで女性(カルメン)の役も演じた時は
フィギュアを五輪でしか見ない当時の人々にも衝撃を与えました。
伸ばした髪も当時は北米を中心に揶揄られることもありましたが、
何を言われようとも彼はさらに髪を伸ばし、保守的な人々を困惑させました。

18歳と20歳ではシーズン通して出場したすべての大会で優勝し
表現力により磨きがかかった21歳では芸術点オール満点をとり、
その他のシーズンも旧採点でも新採点でもたくさんの金メダルを獲得しましたが
23歳で五輪金メダルに輝くと、華々しく去るのかと思われました。

「3年も休んだら、復帰なんて無理」
フィギュアスケート界の大御所たちによって作られていたその常識は、
27歳3年ぶりの復帰戦で優勝を果たしたプルシェンコによって打ち破られました。

バンクーバー五輪では表彰式でのアクションが炎上を起こし、
4回転の重要性を訴う抗議とともにスケート界を超えて世界中でクワド論争に発展し
たくさんの批判と、さらにたくさんの賛同を受けとりました。

21歳の時に両膝の半月板が破壊、22歳で腰のヘルニア悪化、
やがて通常の手術だけでは治せないレベルになっていっても彼は闘うことを止めず、
30歳の時に背骨の「人工椎間板置き換え手術(3)」という大きな手術に踏み切りました。

4本のボルトで固定させた人工椎間板を体内に入れたまま1回転から習得し直し、
クワドまで取り戻してソチ五輪では団体戦で金メダルに大きく貢献し、
フィギュアスケートでは史上初の4大会連続メダル獲得となりました。

その2年後、「頸椎(けいつい)人工椎間板置き換え手術(4)」をせざるを得なくなり、
体中に施された計15回の手術は、彼を再び競技会に戻すことを阻止しました。

しかしプルシェンコの意識は、その頃からすでに次の夢に向かって進んでいました。
子どもたちを教える、自分の学校を創るという夢です。



そして、2017年3月31日。

彼は健康問題の理由により選手を続けることは終わりとし、
自身のフィギュアスケートアカデミーを開校しコーチとして働くことを
ロシアのテレビ局「マッチTV」 のインタビューにて表明しました。
プルシェンコの学校「Angels of Plushenko」はすでに完成し、4月5日に開校します。
もし選手たちとの五輪への準備に間に合えばコーチとして行くかもしれない、とも語りました。



すると、ふたたび誰かがこう言います。
「天才的な選手が、偉大なコーチになれるとは限らない」
これもまた、フィギュアスケート界でもよく言われていることの一つです。

それでも今までスケート界の常識を幾度も変えてきたプルシェンコだから、
きっとこれからも常識を打ち破っていくんじゃないかな。
私にはそう思えてならないのです。

今は男子選手が女性を演じることは珍しくないし、髪を伸ばしても揶揄られません。
ドーナツスピンはもちろん、ビールマンスピンを習得した男子たちも少数出てきています。
ルール改正がなされ、若い男子選手たちが次々とクワドの新記録を出し始めています。
五輪メダルを獲って休養した後に復帰するベテラン選手たちも増えています。

そしてプルシェンコはまた新たな道を征服すべく進み始めています。
「道は歩む者によって征服される。」
今まで幾度も道を征服し続けてきたように、
これからもプルシェンコは道を征服し続けていくのだと思います。





プルシェンコの物語は、これからもまだまだ続きます。







「ヒーロー、レジェンド、そして親愛なる友、
あなたはその輝きと飽くなき決意でスケート界を永遠に変えた。―」
2017年3月31日 ジョニー・ウィアー






(1)最年少記録(ISU公式競技会のみ)
・ジュニア世界選手権優勝(14歳)
・シニアGPSメダル(銅)(14歳)
・シニア世界選手権メダル(銅)(15歳)
・シニアGPF優勝(16歳)
私が把握しているもののみ・他にもあったらすみません。

(2)ジャンプの世界初記録(ISU公式競技会のみ)
・4T-3T-2lo (1999年/17歳)
・FSで4回転コンビネーションジャンプ2回成功(4T-3Tと4T-3T-2lo) (2000年/18歳)
・4T-3T-3lo (2001年/19歳)
・3A-1lo-3F (2001年/19歳)
・4T-2lo (2002年/21歳)
私が把握しているもののみ・他にもあったら(略)

(3)人工椎間板置き換え手術についての詳細記事も書いています。
「プルシェンコ選手の手術のこと。」
http://9066.seesaa.net/article/317981186.html

(4)頸椎人工椎間板置き換え手術についての詳細記事も書いています。
「2016年3月14日、プルシェンコ選手が首のヘルニア除去のための頸椎人工椎間板置換手術を受けました。」
http://9066.seesaa.net/article/435712894.html


★ニュース記事(一部抜粋)
プルシェンコが引退を発表(ロシアNOW)
プルシェンコのミーシン監督、重鎮タラソヴァ監督も 引退にコメント(sputnik)
【写真特集】フィギュアスケートプルシェンコ引退(毎日新聞)
【写真特集】ロシアフィギュアスケート界の「皇帝」プルシェンコ(AFPBB)
フィギュアのレジェンドとの別れ(ロシアNOW)真央さんのことも。
プルシェンコのインタビュー詳細記事(MatchTV)
プルシェンコ:今日の引退表明は、昨日の世界選手権のパフォーマンスとは全く関係ない。(TACC)
【写真特集】エフゲニー・プルシェンコのキャリアごとのトップ10フレーム(MatchTV)
【写真特集】五輪王者プルシェンコ沈黙の3年後の引退(Rsport)


★プル公式はこの辺りから
http://evgeni-plushenko.com/forum/viewtopic.php?f=3&t=6&start=3400#p92642

posted by ばつ子 at 00:14| ジェーニャァァ! | 更新情報をチェックする